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中公文庫プレミアム 編集部だより

永遠に読み継がれるべき名著を、新たな装いと詳しい解説つきで! 「中公文庫プレミアム」を中心に様々な情報を発信していきます!

「国家改造」の夢・・・北一輝『日本改造法案大綱』

編集者Fです。

 

先日、ツイッターを眺めておりましたら、11月刊の中公文庫について、「中公文庫が右傾化している?」というような事を(ジョークとして)呟いておられる方がいらっしゃって、その一例として文庫プレミアムの北一輝日本改造法案大綱』を挙げてらしゃいました。

 

 

ご存じのように北一輝は、2・26事件を引き起こした青年将校の理論的支柱とされ、事件後に処刑された人物です。その人物像については様々な見方がありますが(その一例として小社刊、松本健一著『評伝 北一輝』全五巻を是非ご一読ください)、大雑把にいえば「右翼」に分類される人物であることは確かでしょう。

 

評伝 北一輝 I - 若き北一輝 (中公文庫)

評伝 北一輝 I - 若き北一輝 (中公文庫)

 

 

とはいえ、なぜ中公文庫プレミアムで北一輝の書を取り上げようとしたかと言いますと、別に「右傾」しているわけではありません。担当編集者としてはむしろ、10月刊の毛沢東抗日遊撃戦争論』と同じ系統のつもりです。

 

抗日遊撃戦争論 (中公文庫)

抗日遊撃戦争論 (中公文庫)

 

 

北一輝毛沢東には共通点があります。ご存じのとおり、北一輝は23歳のとき、『国体論及び純正社会主義』でデビューし、自らを社会主義者として「自認」していました。さらに中国の辛亥革命にも身を投じています。 

国体論及び純正社会主義(抄) (中公クラシックス)

国体論及び純正社会主義(抄) (中公クラシックス)

 

 そんな北一輝がなぜ超国家主義者に変貌していったのかは、中公文庫版『日本改造法案大綱』に解説を寄稿していただいた嘉戸一将先生のみごとな分析をぜひお読みいただきたい。

で、北一輝毛沢東ですが、二人にもっとも共通するのは、単に西洋の社会主義を模倣しただけでなく、自国の状況に合わせて、具体的な革命(北の場合は「国家改造」)のシナリオを提示した点であると思います。

毛沢東は、『抗日遊撃戦総論』に収録した論文「湖南省農民運動視察報告」において、湖南省の貧しい農民が「農民協会」として組織され、支配階層であった地主や富農を攻撃することで、従来の秩序を破壊する様を「大事業」として賞賛し、この運動を全国に広めていくことで革命運動を成功させるべきだと唱えたわけです。

その手法は荒っぽいものでした。毛沢東によれば、湖南省の農民たちは地主や富農を「三角帽子をかぶせて村を引き回す」「監獄にぶち込む」さらには「銃殺」することで農村に「恐怖状態」を作り出したわけです。当時の中国共産党指導部には、この運動を「ゆきすぎ」で「むちゃくちゃ」な「ごろつき運動」と非難する声もあったのですが、毛沢東は「すばらしい」と賞賛したわけです(このあたりは、吉田富夫先生の解説をご参照ください)。

 

さて、一方の北一輝はどうでしょうか。

日本改造法案大綱』はもともと、『国家改造案原理大綱』というタイトルで大正8(1917)年に発行されたのですが、たちまち発行禁止処分になったので、問題箇所を削除して改題し、大正12年に改造社から刊行されたものです。プレミアム文庫版の口絵に改造社版の冒頭部分の写真を掲げましたが、いきなり「三行削除」「十一行削除」「八行削除」「五行削除」「七行削除」と文字が並び、実に36行にわたって削除を施したことが明らかになっています。プレミアム文庫版では、削除した部分を『国家回想案原理大綱』で補い、具体的にどの箇所が削除されたか(すなわち、刊行当時の当局がどういう部分を危険視・問題視したか)が明らかになるよう編集いたしましたが、その削除された冒頭部分で北はいきなり「三年間憲法を停止」し、議会を解散し、「全国に戒厳令」を布き、この間に私有財産の制限、華族制度廃止、財閥解体などの「国家改造」を行うよう提言しています。

 

戒厳令とは、緊急事態に際して勅令により、一時的に国家の統治権(行政権立法権司法権)を軍隊に委譲する命令をさす言葉で、日本では日比谷焼き討ち事件(1905年、ポーツマス条約を不満とした集団が起こした暴動)、関東大震災(1923年)、そして2・26事件(1936年)の際に「戒厳令」が布かれたと言われています(厳密な「戒厳令」かどうかは法理論的に議論の余地があるようです)。

 

いわば三権分立ではない、国民の権利が一部制限された状態で、粛々と「国家改造」を行うべしというのが北一輝の思想です。そうなると問題になるのは、こうした「国家改造」への抵抗勢力を誰が統御するのかが問題です。特に私有財産の制限を強行しようとすれば、資産家は反対するでしょう。ことによってはロシア革命後の内戦のように、武力を持って抵抗し争乱状態が惹起されるかもしれません。

 

そうした懸念を宥めるように、北一輝は「国家改造」の執行者として「在郷軍人団」を指名しています。退役軍人を組織し、私有財産制限に抵抗する者を摘発し懲罰すれば、「国家改造」は「騒乱なく」、粛々と実行されるであろうと言うわけです。

 

ここは非常に興味深い点です。毛沢東は、貧しい農民による「恐怖状態」を人為的に作り出し、いわばカオス状態のなかで新しい秩序を樹立しようと提唱したわけです。かたやカオス状態のなかで行われる革命を目論み、かたや規律正しい秩序だった国家改造を夢みた。

 

この差は、単に北一輝毛沢東との個人的資質によるものなのか、それとも、日本と中国の歴史や風土に根ざすものなのか。そんなことを考えながら読んでいただければと願っております。

 

といって、別に中公文庫プレミアムが「左傾」しているわけではありませんので、念のためw