『砂漠の反乱』裏話
編集者Fです。
『砂漠の反乱』とは、ご存じアラビアのロレンスが書いた、第一次大戦における砂漠でのゲリラ戦の一部始終を書いた、血湧き肉躍る歴史的手記。そして、アラビアのロレンスといえば、なんといっても、この映画↓
そういえば、この映画のロレンス役で鮮烈デビューしたピーター・オトゥール氏も、昨年12月、81歳でお亡くなりになったんですね。
実を言いますと、私もこの映画、何十回観たかわからないくらい繰り返し観ております。そして、映画の原作となったロレンスの自伝『知恵の七柱』にも幾度か挑戦したのですが、晦渋でやや冗長な文章に辟易した思い出があります。
さて、その『知恵の七柱』ですが、かつて平凡社東洋文庫から柏倉俊三訳・全3巻が刊行され、近年、田隅恒生先生の訳で全5巻の「完全版」が刊行されました。
そこで、「ん? 完全版ということは、前に出ていたのは”不完全版”なのか?」と思われる方がいるかもしれませんが、ことはそう簡単ではないのです。
- 作者: T.E.ロレンス,ジェレミーウィルソン,Jeremy Wilson,T.E. Lawrence,田隅恒生
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2008/08
- メディア: 単行本
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そして、「で、『知恵の七柱』と『砂漠の反乱』ってどう違うの?」と気づいたあなた、それがまた複雑な問題がありましてね。実は『砂漠の反乱』は日本で何度か刊行されておりまして、それぞれの関係性がまた、複雑でわからないことも多いんです。
詳しくは、「完全版」の訳者・田隅恒生先生が、今回の文庫プレミアム版に書き下ろしていただいた素晴らしい解説をお読みください。
ここでは結論だけ(偉そうに)書きます(カーソルで反転させてお読みください)。
この中公版『砂漠の反乱』は、実は日本にしか存在しない『知恵の七柱』短縮バージョンであり、『知恵の七柱』本体より読みやすく。しかも『知恵の七柱』のエッセンスを、ロレンス自身によるオリジナルバージョンよりも多く盛り込んだ、入門編としては最良のテキストである!
ちなみに、文庫内の図版などでご協力頂いた八木谷涼子さんが「アラビアのロレンスを探して」という、おそらく日本一のロレンス関連データベースサイトを運営されています(今回の『砂漠の反乱』についてもご紹介いただきました。ありがとうございました!)。
『砂漠の反乱』をお読みになって、ロレンスについて深く知りたいと思われた方は、↑の八木谷さんのサイトや、↓の田隅先生の著書などをご覧になってください。
アラビアのロレンスを探して―揺れる英雄像 (20世紀メモリアル)
- 作者: スティーヴン・E.タバクニック,クリストファーマセスン,八木谷涼子,加藤祐子,浜田すみ子
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 1991/03
- メディア: 単行本
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『13日間 キューバ危機回顧録』裏話
編集者Fです。
キューバ危機といえば、ケビン・コスナー主演映画『13デイズ』を連想される方も多いのではないでしょうか。ソ連の支援で始まったキューバのミサイル基地建設をめぐり、アメリカとソ連が危うく第三次世界大戦の瀬戸際まで追いつめられた歴史的事件を、ケネディ大統領と閣僚、側近たちの会議(エクスコム)を中心に再現したドラマです。
Trailer Thirteen-Days - YouTube
実を言いますと、このエクスコムの会議はケネディの指示により密かに録音されていて、メンバーの誰がどういう発言をして、どういう過程で意思決定がなされたのか、すべて記録されており、現在では全部公開されています(このあたりの記録と情報公開のあり方は、さすがアメリカです)。
この録音された記録については、本書の解説を執筆いただいた土田宏先生の著書『ケネディ 「神話」と実像』(中公新書)や、『ケネディ演説集』の解説者・越智道雄先生の著書『ケネディ家の呪い』(イースト新書)に一部紹介されていますので、ぜひご覧ください。
さて、この危機の13日間において、ケネディの課題はいかに自国の強硬派を抑えるかでした。なかでも当時の空軍で大きな発言力を持っていたのが、カーティス・ルメイ将軍でした。
ルメイ将軍は、あの東京大空襲を指揮して非戦闘員にも無差別爆撃を敢行し、空襲に赴く搭乗員に「何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供のうえに崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたいのなら、そんなものは忘れることだ」と発言したり、ベトナム戦争時には北爆(北ベトナムの戦略爆撃)に際し「ベトナムを石器時代に戻してみせる」と豪語したような人物です。
ケネディにとって本当の敵とは、冷戦の相手であるフルシチョフや、キューバのカストロではなく、こうした身内だったかもしれません。彼らの強硬な意見をどう抑えて、大戦を回避させたかは、ぜひ本書をお読みください(土田宏先生の最新研究成果を盛り込んだ18ページに及ぶ解説も必読です)。
ウクライナをはじめ世界各地で紛争の火種が絶えず、日本国内でも排外主義の兆しが見え隠れする今日において、一見不気味な行動をとる他国を前に指導者がいかに理性を保つことが大切か。いえ、そうした理性は指導者に限らず、われわれ一人一人の国民にも求められる時代であると、編集を進めながら改めて痛感させられました。
『ケネディ演説集』(高村暢児・編)裏話
編集者Fです。
さて、このブログでは、中公文庫プレミアムを中心に、担当した文庫の編集作業の裏話などを披露していきたいと思っています。
まずは、中公文庫プレミアム第一弾の『ケネディ演説集』について。
親本(文庫化する前の単行本のこと)は、1964年、学習研究社さんから刊行されました。そのときのタイトルは『絶叫するケネディ その最重要演説16編』でした。
演説の翻訳だけでなく、編者の故・高村暢児さん(産経新聞記者を経て作家)の書き下ろしによるケネディの評伝(文庫版では割愛)、ケネディ暗殺事件の背景(文庫でも収録)が付された労作ですが、刊行日付はなんと1964年1月10日、ケネディが暗殺されたのは前年の11月22日ですから、わずか2ヶ月たらずで刊行された事になります。
通常、単行本の編集作業は刊行の1ヶ月前に終了しなくてはなりません。しかも年末年始の休みが入りますから、企画決定→執筆→編集作業に割かれた時間は3週間足らずと推測されます。常識破りの早さというか、かなりの無理があったと思われるのですが、それにしては数字や固有名詞等の誤り、誤植がほとんどなかったことに驚かされました(見知らぬ先輩編集者に頭の下がる思いです)。
それでもやはり、改めて校正をしたところ、若干修正すべき箇所が見つかりました。こういう場合、著者がご存命の場合は、著者にお願いして直していただくのですが、編者の高村さんは1998年に亡くなられています。そこで、著作権継承者(ご家族)の了解を得た上で、解説を執筆していただいた越智道雄先生とも相談の上、最低限度の修正を行いました。
そのなかで面白かったのは、本書に収録されているネディの有名な大統領就任演説(「国家が諸君のためになにをなし得るかを問わず、諸君が国家のためになにをなし得るかを説いたまえ」)の英語原文です。
現在ケネディの演説原文は、以下のサイトで読むことができますし、本も刊行されていますが、それらに掲載された文章と若干違う箇所が見つかったんですね。
John F. Kennedy Presidential Library & Museum
The Public Papers of President John F.Kennedy
どちらに従うべきか迷ったのですが、越智先生によりますと、ケネディは、会場の雰囲気や聴衆の反応を見ながら、アドリブで原稿に書いてあったことと変えて演説することがしばしばあったのだそうです。
親本に収録された原文のリソースは、1963年当時のメディア環境を勘案するに、アメリカ側が配布した演説草稿に基づく文書に依っているものと推測されます。一方、過去の音源に触れるチャンスが飛躍的に増えた現在、上記のサイト等の文章は実際にケネディの喋った音源から起こしたものと推測されます。今回の文庫化では、実際に喋った言葉を掲載することにしました。
これはほんの一例ですが、文庫本というのは、単に親本を小さなサイズに収めたものではありません。担当編集者をはじめ、さまざまな思いや判断が、そこには込められています。そのあたりも注目していただけると、編集者冥利に尽きるというものです。
ワスプ(WASP)―アメリカン・エリートはどうつくられるか (中公新書)
- 作者: 越智道雄
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1998/09
- メディア: 新書
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2014年4月25日刊のご紹介
編集者Fです。
4月25日から中公文庫プレミアムが開始、まずは第1弾として以下の2冊を刊行しました!
長女のキャロライン・ケネディさんが任命されるなど、新たに見直されているケネディ大統領。米ソ二大超大国を中心に、世界が共産主義陣営と自由主義陣営に分かれて睨み合い、お互いのコミニュケーション手段も限られていた時代にあって、アメリカ的価値観を強く主張しつつも、互いを理解し尊重しあう事の重要さを説いた若き指導者の言動は、冷戦が終結したにも拘わらず、様々な対立や衝突が絶えない現代世界において、さらなる重要性を増しているのではないでしょうか。
そういう思いをこめて、まず上記の2冊を世に送り出した次第です。
是非ご一読を!