中公文庫プレミアム 編集部だより

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誰が「軍備放棄」を言い出したのか・・・憲法記念日と幣原喜重郎『外交五十年』

編集者Fです。

 

中公文庫プレミアム、4月刊は、幣原喜重郎外交五十年』と、読売新聞戦後取材班編『昭和戦後史 「再軍備」の軌跡』の2冊です。

 

ところで、なぜ4月25日という時期に、この2冊を刊行したのか。実は、理由があります。

 

たとえば、8月15日の終戦記念日前後になりますと、テレビや雑誌で先の戦争(大東亜戦争、太平洋戦争、第二次世界大戦十五年戦争と呼び名は様々ですが)についての特集番組や特集企画が数多く取り上げられることはご存じだと思います。

いつからそういう風潮になったのか知りませんが、1960年代から東宝が『日本のいっちばん長い日』を皮切りに「8・15シリーズ」と銘打って、お盆前後に日本の戦争映画を公開するようになったあたりかもしれません。

身も蓋もない(思い切りへりくだった)言い方をすれば、8月15日が近づくにつれ、各メディアで「先の戦争」にまつわる情報が目につくようになるので、出版界がそれに「便乗」させていただいているわけですねw

今年は戦後70年の節目、新たな総理大臣談話が出されたり、中国では「対ファシスト勝利記念」と銘打って大きなイベントをやるという話もあり、中公文庫プレミアムとしても負けてはならじと、7~8月に向けて充実したラインナップを組むべく、鋭意努力中なんですが、では、終戦記念日前後を除いた時期のラインナップはどうやって決まっていくのか、実は「なぜこの時期にこの本を出すか」という理由付けがあるのだということを、今から書こうと思います。

 

今回、私が担当したのは幣原喜重郎の『外交五十年』です。幣原喜重郎という人物は、おそらく歴史教科書などでは、昭和初期に国際協調を基本とした「幣原外交」を展開したという形で紹介されているのではないでしょうか。私も高校時代、日本史の授業で、「幣原って『へいはら』じゃなくて『しではら』って呼ぶんだ」なんてつまらない事を思いながら、必死で漢字の綴り(喜十郎ではなく、喜重郎)を覚えたものです。

その後、この人物について私が強く印象を受けたのは、大学生の頃にレンタルビデオで借りて見た映画『マッカーサー』(1977年、ジョセフ・サージェント監督)でした。グレゴリー・ペックマッカーサーに扮し、日米開戦から、日本占領を経て、朝鮮戦争トルーマン大統領と対立して解任されるまでを描いたテレビムービーです。

 

MacArthur - YouTube


MacArthur Theatrical Movie Trailer (1977) - YouTube

 

この映画のなかで、日本の占領を開始したマッカーサーのオフィスを、「プライムミニスター・シデハラ」が訪ねる場面があります。そこで幣原首相は「新しい憲法には、日本は今後、軍備を放棄するという条項を盛り込みたい」と進言します。マッカーサーは驚きつつも、戦後日本の新たな指導者の「英断」を褒め称えるという演出でした。

 

実を言いますと、この場面を見て抱いた率直な感想は「嘘つけ」でした。大学生だった当時の私も、日本国憲法は、マッカーサーの命令で、GHQの民政局員たちが2週間かそこらで作り上げ、日本に「押しつけた」ものだという知識は持っていたからです。

1977年に、NHKが「日本の戦後」というドラマシリーズを放映しており、そのなかで「サンルームの2時間 憲法GHQ案の衝撃」という回がありました(NHKオンデマンドで試聴できます)。

日本は敗戦後、進駐軍の意向を受けて、新たな憲法制定に取り組んでいましたが、出てきた草案は、マッカーサーのお眼鏡にかなうものではなかった。そこでマッカーサーは腹心のホイットニー准将率いる民政局に命じて憲法草案を作成させます。

ホイットニー准将は、外務大臣公邸で吉田茂外相、松本烝治国務大臣憲法改正担当)、白州次郎らに草案を突きつけるのですが、その場面は立ち会ったアメリカ側のラウエル中佐によって克明に記録されています。アメリカ側が「我々は席を外していますから、その間に草案(英文)に目を通してください」と庭に出て、日本側が草案を読んでいる最中、頭上をB29の大編隊が通過するなど、念の入った演出をアメリカ側は仕掛けてきたようです。

このドラマが記憶に残っていたものですから、映画『マッカーサー』で「憲法九条は日本側から申し出た」とする場面に「フィクションだろ」と反応しちゃったわけなんですね。

 

後で知ったことですが、この幣原首相自ら「軍備放棄」を申し出た場面の出典は、他ならぬマッカーサーの回顧録です。中公文庫プレミアムでも昨年7月に刊行した『マッカーサー大戦回顧録』に、その場面が出てきます。

で、一方の当事者である幣原喜重郎が、この『外交五十年』でこの件をどう述べているかは、本を読んでいただきたいところですが、あえてネタバレしますと、幣原が亡くなる年(1951年)に刊行された『外交五十年』で描かれた「軍備放棄」にまつわる叙述と、やはりマッカーサーが亡くなった年(1964年)に刊行された『マッカーサー大戦回顧録』のそれとは、「当たらずといえども遠からず」です。

 

歴史的事件の真相というものは、それについて証言する人の間で、食い違う部分もあります。それは「どっちか」が嘘をついているというような単純なものではないでしょう。憲法九条の「解釈」について議論がかまびすしく、有権者である国民の判断が関わっていく可能性が高くなっている今、「そもそも誰が憲法に軍備放棄を盛り込もうとしたのか」という視点を持つことは大切な事です。そしてそれは、一筋縄で解決する議論ではありません。

 

中公文庫の刊行日は毎月25日です。4月25日に幣原喜重郎の『外交五十年』を刊行したのは、ぶっちゃけ5月3日の「憲法記念日」を意識しての事だと言うことは、もうおわかりだと思います。

 

そして、マッカーサー幣原喜重郎が強調した「戦後日本の軍備放棄」という理念が、その後、どういう道筋をたどったかは、同時刊行の『昭和戦後史 「再軍備」の軌跡』を参照していただきたい。

 

というふうに、編集者は「どの本をどの時期に出そうか」、ない頭を絞っているものです。それは、例えば帯に書かれた文句にも影響していますので、そのあたりの事情を推理することも、「本を読む楽しみ」の一つにしていただければと存じます。

 

 

外交五十年 (中公文庫プレミアム)

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昭和戦後史 - 「再軍備」の軌跡 (中公文庫プレミアム)

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占領秘録 (中公文庫)

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