中公文庫プレミアム 編集部だより

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真珠湾奇襲攻撃から73年/『ハワイ・マレー沖海戦争』のこと等

編集者Fです。

 

本日、12月8日は、日本海軍の機動部隊がハワイのパールハーバー真珠湾)海軍基地に奇襲攻撃を仕掛け、日米開戦となった日です。前の記事にも書きましたとおり、日本大使館のミスで、アメリカ側に宣戦布告を通告する前に攻撃が始まってしまい、アメリカ側は「リメンバー、パールハーバー!」を合い言葉に、それまでの孤立主義をかなぐり捨てて第二次世界大戦に参戦しました。第二次世界大戦後、アメリカは国連創設など積極的に国際政治に参入し、世界を牛耳る超大国として振る舞うようになるのですが、日本の真珠湾奇襲(を受けたアメリカの宣伝攻勢)が、その一因になったと言えなくもありません(詳しくは中公文庫プレミアム『ハル回顧録』をご参照ください)。

 

ハル回顧録 (中公文庫プレミアム)

ハル回顧録 (中公文庫プレミアム)

 

 

実を言いますと、ほぼ同時刻(日本時間8日未明)、日本陸軍が英領マレー半島のコタバルに上陸し英国軍と開戦していますが(マレー作戦)、真珠湾攻撃と比較して語られることが少ない。実を言いますと、マレー作戦の開始時刻は真珠湾より1時間以上も早い上に、対米開戦と違って、宣戦布告そのものがなされていないのですが、なぜかその事を責める声があがってこない。「アメリカに対しても宣戦布告しなけりゃ、そこまで『卑怯な日本軍』『だまし討ち(スニーク・アタック)』等と非難されてなかったかもしれないな」という仮定はひょっとしたら検討に値するかもしれません。

 

ところで、真珠湾攻撃が最初に映像化されたのは、戦時中の日本です。東宝で『ハワイ・マレー沖海戦』(山本嘉次郎監督)が、奇襲攻撃1周年にあわせ、1942年12月に公開されています。

今は、動画サイトで全編見られるみたいですが、正直いって、クライマックスの奇襲攻撃シーン以外は、さほどお勧めできる映画ではないので、以下、戦闘シーンだけダイジェストにした動画を貼っておきます。

 


1942『ハワイ・マレー沖海戦』特撮ダイジェスト - YouTube

 

私がこの映画を見たのは、かなり昔で、東宝直属映画館でのリバイバル上映だったと記憶しています。円谷英二が特撮を担当したということで、特撮映画ファンの間では伝説として語り継がれる作品でしたが、始まって数分で爆睡してしまいました。その後、幾度が目を覚ましては数分見てまた眠りに落ちという状態で、ようやく目がさめたのは、ほんとうに大詰めの真珠湾攻撃が始まってからでした。

その後、ケーブルテレビで放映されたのを見直したりもしましたが、やはり面白くないものは面白くない。なぜ面白くなかったかと言うと、要するに、お話そのものがつまらないからです。

ドラマがなぜ面白いかというと、それは、人間の社会でありがちな「対立」「葛藤」「摩擦」といったマイナスの要素が軸となることで見る側の共感を得て、登場人物たちが様々な形でそうしたマイナス要素を乗り越えていくことで「感動」を生むからだと思います(もちろん、マイナスを乗り越えられない姿を描くことで、「見る者に考えさせる物語」もありえます)。

そういう意味でいうと、この『ハワイ・マレー沖海戦』には「対立」「葛藤」「摩擦」といった「主人公たちが乗り越えるべきマイナス要素」が見当たらないんですね。映画の筋立ては、海軍飛行予科練習生(14~20歳を対象としたパイロット養成機関、いわゆる予科練の学生のこと)となった主人公たちが、立派な先輩軍人に導かれて立派な飛行士となり真珠湾やマレー沖で立派に戦いました、というものですが、なにせ出てくる軍人さんは、まさに「皇軍」の名に恥じない立派な軍人ばかりで、主人公の姉(原節子)をはじめ銃後に残った家族も、「生きて帰ってきてほしい」と願うような非国民ではない立派な国民ばかりです。

戦争はいうまでもなく巨大な「対立」です。日本側からすれば、最大の敵役としてアメリカやイギリスがあるはずなのですが、映画では、なぜ大日本帝国が英米と戦争に突入しなければならなくなったかも描かれないので、主人公たちが作戦を成功させても、さして感動もカタルシスも得られないんですね。

 

このことは、多くの映画史家が指摘されていることですが、日本の戦意高揚映画には「敵」が出てこない。戦闘シーンでも、敵兵の姿はちらちら映るだけです。それは、アメリカの戦意高揚映画が敵としての日本人や日本軍を、これでもかこれでもかと憎悪の対象として宣伝したのと好対照だと、よく言われます。(↓以下は、1944年に、『或る夜の出来事』『素晴らしき哉、人生』で知られる巨匠フランク・キャプラが米国防総省の依頼で製作した『汝の敵、日本を知れ』のダイジェスト版と全編版です)

Green Day - Know Your Enemy :日本語字幕 - YouTube


U.S. war department anti-Japanese propaganda ...


Know Your Enemy, Japan - Full Lenght With ...

 

ともかく、「戦後平和主義」「戦後民主主義」視点に立たずとも、日本の戦意高揚映画はつまらないものが多い。それは「敵への憎悪」を扇動していないという意味でも「立派」だからです。憎憎しい英米兵を正しい日本人がやっつけてスカッとする内容だったら、今見ても「描き方に問題はあるけど、でも面白いな」と思えたかもしれませんが、とにかく、日本の戦意高揚映画は「立派」すぎて、感情移入できないものがほとんどなのです。

例外は、木下恵介監督の『陸軍』(1944年)くらいでしょうか。

 

映画は、息子を立派な兵士に育てようという夫婦(笠智衆田中絹代)、特に母親の立派すぎる「軍国の母」ぶりに、「戦後平和主義」「戦後民主主義」に「毒され」ていない戦前の観客も、おそらく辟易させられたのではないかと思うほど、「立派すぎてノレない」作品ですが、ラスト10分、手塩にかけて育てた息子が、晴れて兵士として出征していく姿を母親が見送る場面で、とたんに雰囲気が一変します。

戦後も語り継がれた名シーンです。クライマックスの場面だけ以下に貼っておきますが、そこに至る退屈な70分余りを見てからのほうが、より感動がますと思われますので、ぜひ、最初から通してみてほしいと思います。とにかく田中絹代、一世一代の名演技です。

 


木下惠介 「陸軍」 - YouTube

 

陸軍 [DVD]

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いわば「軍国の母」として立派な「公」にしたがって振舞ってきた女性が、いざ我が子の出征となったときに、ついついほとばしり出てしまう「私」。一人の女性の内面でせめぎあう「公」と「私」を、繊細な表情やしぐさで表現する名女優の肉体に、初めて「ドラマ」が炸裂した名場面です。おそらく木下恵介監督は、こういう形でしか、「立派さ」のみを要求してくる側(軍当局なのか、時代の風潮なのか)に抵抗することはできないと考えたのでしょう。

 

ともあれ、「立派」以外は許されなかった時代が、70数年前にはあったのですね。