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中公文庫プレミアム 編集部だより

永遠に読み継がれるべき名著を、新たな装いと詳しい解説つきで! 「中公文庫プレミアム」を中心に様々な情報を発信していきます!

馬込文士村への道

今日は、中公文庫プレミアムで復刊された近藤富枝著『馬込文学地図』を片手に、「馬込桃源郷」と呼ばれた馬込界隈を歩いてみます。

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JR京浜東北線大森駅西口を出ると、駅前に馬込文士村を案内する看板が出迎えています。池上通りの信号を渡ると、天祖神社です。神社の左を回り込むように、坂道を上がっていきます。神社側の石垣には、馬込文士村にちなんだレリーフがはめ込まれています。

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彼ら文士たちが熱中したのが、ダンス、麻雀でした。

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女性作家たちも忘れてはいけません。

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左から、片山広子宇野千代村岡花子吉屋信子佐多稲子です。村岡花子は、NHKの「花子とアン」のイメージとは違って、ずいぶんとおばあちゃんです。

天祖神社を抜けると、暗闇坂(闇坂)にぶつかります。馬込文士たちが往来した道です。坂を上りきったあたりが「木原山」と呼ばれていました。

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だらだらと下ってゆくと、弁天池に至ります。亀が甲羅を干していました。

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弁天池には、厳島神社が祀られていました。

環状7号線(谷中通り)を渡ると、馬込文士村の核心、天神山です。環七沿いには、古い看板建築の建物が残っていました。

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馬込第二小学校の裏手に回ると、見覚えのある階段が……。そう、『馬込文学地図』13ページの写真の階段です。

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「天神山の古い石段」です。だいぶきれいに整備されていました。

天神山を超えると、宇野千代尾崎士郎夫妻が居を構えたあたり。あのバンガローの家があった場所は特定できませんでしたが。スーパーマーケットの脇道に入ったところでしょうか。

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スーパーマーケットの前の道を下っていくと「臼田坂」です。川端康成と秀子夫人が上り下りしていた道です。そして、ここでも、『馬込文学地図』98ページと同じ景色に出くわしました。

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いくらか立て込んでいますが、道路に書かれた標識も当時と変わりません。

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臼田坂を下りきったところに、かつて川端康成の住んだ家がありました。

坂を引き返し上っていくと、万福寺があります。(左写真は山門)

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源平合戦の武将・梶原景時開基の古刹です。宇治川の戦陣争いで知られる名馬「するすみ」の像など、見所があります。境内には馬込文士の一人、室生犀星の句碑がありました。「葱の皮 はがれしままに かぎろひぬ」

今回の馬込文士村探訪はこれで終わりです。馬込銀座を経由して大森駅に戻りました。

時間があれば、徳富蘇峰の旧居「山王草堂」、尾崎士郎が晩年の10年を過ごした「大田区尾崎士郎記念館」、文士村の資料が展示されている「大田区立郷土博物館」なども訪ねてみてはいかがでしょうか。また、日本画が好きな方には、「大田区立龍子記念館」もあります。馬込文士村へは、JR大森駅のほか、都営浅草線馬込駅西馬込駅からも行くことができます。